2016年8月18日木曜日

50年前:K少年の文章

文:小池
写真:小池
編集:平嶋


静岡県浜松市の実家で、子供のころ使っていた部屋を掃除していたら、面白いものを見つけました。ちょっと恥ずかしいですが、ご紹介します。(小池常雄)




この「えんしゅうの子ども」という文集(A5判、横綴じ製本)は、今から50年前(昭和41年、つまり昭和39年の東京オリンピックの2年後)、静岡県西部地区(遠州(えんしゅう)と呼ばれる地域)の、当時の浜名郡舞阪町・新居町・湖西町(今の浜松市の一部・新居町・湖西市)にの小学校に所属する、小学4年生の子供たちの文章を集めた文集です。

紙の質はよくなく、50年を経て、もうすっかり黄ばんでしまっています。

なぜこんなぼろぼろの文集が、50年も保管してあったかというと、この中に、当時の4年生の私が書いた文章が載っていたからです。


当時は、テレビはありましたがまだ白黒で、テレビゲームやインターネット、ビデオやDVDなどあるはずもなく、子供の家での楽しみと言えば、白黒テレビのアニメとプロレス、図書館の本くらい。(ちなみに私たちの世代は、鉄腕アトム、初代ウルトラマン。オバケのQ太郎、おそまつ君、不思議のアッコちゃん、マグマ大使などをTVのオンエアで見た世代です。)当時の私は、本の虫(よく本を読む人のこと)でした。

子どもが集めるものと言えば、ポケモンではなく、昆虫採集や珍しい石や貝殻でした。

そんな10歳のころの私は、かなりの昆虫少年。(隣に住んでいた水谷良成先生も同じでした!)当時の母に買ってもらったポケット版の昆虫図鑑をぼろぼろになるまで持って歩いていました。


そのころ住んでいたのは、湖西町鷲津・・・という、浜名湖の西側に面した小さな町の中心部の商店街の一部で、身の回りは豊かな自然環境ではありませんでした。

それでも、自転車で10分も行くと、昔からの神社や寺、田畑があった地域でした。川に面した自宅前の植え込みに、イチジクとカラタチ(ミカンの仲間の木。太くて大きいとげがあり、生け垣などに利用されたけれど、実は食べられない)が植えられており、イチジクはジャムにして食べましたが、カラタチは利用方法がなかったのです。でもそこに、アゲハチョウがやってきて卵を産み、幼虫が成長していくさまがとても面白かったので、自室で育て、この文章が生まれたのです。

当時の机の上に、カラタチの小枝を活け、幼虫を放して成長のさまを観察したのですが、机の上は黒くて丸いフンだらけになったことをよく覚えています。

文章を読み返してみると、とても稚拙なものですが、今でも昆虫好き、生きもの好きの今の私の根源(ルーツ)が、ここにあったような気がして、はずかしながらみなさんに読んでいただきたくなりました。







つくし野は、整備された住宅地区です。しかし、いつも言うように周辺にはまだ里山の痕跡が残る雑木林などがあります。自宅から遠くないところに、野生のホタルがいる場所がいくつもあり、野生のカブトムシやクワガタも捕獲できるような自然環境は、私が子供のころ住んでいた場所から考えると、とても豊かで素晴らしいことです。

私が子供のころは、カブトムシなど本当に貴重なもので、飼い方の情報や道具・資材なども売っていはおらず、50年後に自宅でカブトムシを飼っているなんて、夢にも思いませんでした。

しかしそのつくし野の環境も、雑木林は知らなければ単なる遠くに見える林ですし、都会派のお父さんやお母さんにとっては、ヤブ蚊がいそうで、いやで危険な場所に思えるのかもしれません。

でもそこには、いろいろな生き物がいて、生物多様性や生態系サービスを学ぶのには、もってこいの場所でもあります。

ご家族で、夏休み、雑木林の中を散策してはいかがですか??

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