「 人と社会と建築と
槇総合計画事務所60年 」 展
(東京建築祭2026は、東京都内の多彩な建築を体験できる祭典で、特別公開や展示、ガイドツアー、トークイベントなど約257回のプログラムが用意)。(5⽉30⽇(⼟)まで、事務所の創立60周年を記念した展覧会 を「BLUE FRONT SHIBAURA TOWER S」(東京都港区芝浦1-1-1)で開催中。)



「槇総合計画事務所」は建築家の槇文彦氏が60年前に創設された事務所。
展示は、同所の最新作の巨大オフィスビルのEVエントランスで、長大に壁側に年代順に作品ごとに3枚の図版構成で定型で展示。前に模型が付けられたものも…
右手前から、先生が事務所を起こすまえの3つの仕事から始まり…
槇先生は、2024年に亡くなられたけれど、事務所は代表者が変わって存続。
2024年以降~現在に至る仕事まで、140を超える見事な作品群が並ぶ。
同事務所、私にとっては大変に思い出深い。
1981年12月号の新建築誌で東大教授だった槇文彦氏が審査員を務めた雑誌社主催のアイデアコンペに、当時25歳の建築学研究科M1だった私は応募し、思わぬ高いご評価を頂いた。
それが縁で、当時東京駅近くの八重洲のビル内にあった槇事務所に1年近く学生アルバイトとして船橋の安アパートから通わせていただき、つぶさに槇先生の建築設計に向かうお姿を近くから見させていただいた。
当時、学生アルバイトとして、色々なプロジェクトの下働きをさせていただいたけれど、特に印象深いのは・・・
NO:046 藤沢市立秋葉台体育館
アルバイト院生として、エスキース模型作りや作図など、色々な作業をさせていただいた。
CADは無く、3次元の設計を大きなアクリル製の鉄道定規を用いて、手作業で作図していた時代。
模型や詳細図はスケッチがたくさんあって、意外にもそれらを集成した立面図が無かったものを、描かせていただいた事を印象深く覚えている。
NO:052 表参道スパイラル
今も青山通りで存在感を放つ、ワコールの文化発信施設。
青山通り全体のをかなり長い区間にわたる敷地模型を作らせていただいたことが印象に残る、
この区間はまっすぐな道のように思えるが、実はこの建物の敷地があるところを起点にして、わずかに「く」の字に曲がっている。
その曲がった場所に立つことが、長大な模型で明らかになったことが印象に残る
それにしても、今回の展示を見ると槇事務所に通わせていただいた1982-83年は、全143業務歴のうち、1/3ほどの時間が経過した頃だったことがわかる。
(設計完了後、施工期間を建物竣工するまで数年を要するので、パネル記載の年号とはずれる)
当時、同事務所ではその後、独立されたり、大学の先生になられた優秀な所員も沢山働いておられた。
先生は現役の東大建築学科の正教授だった頃。
大学にも頻繁に行っておられ、事務所にも来ておられた。
所長室とは別に、所員に並んで机もあり、スパイラルの設計段階などで、A3の木製の製図版に、トレーシングペーパーを貼り、フリーハンドで赤と紺色が7:3で1本になっている色鉛筆で、2色を使い分けてスケッチされておられたお姿が忘れられない。
槇先生のご冥福を心からお祈りします。
槇事務所の今後の増々のご発展を…。
ありがとうございました。
文章:小池常雄
引用:建築祭2026 HP
槇総合計画事務所 HP
編集:小池
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