少しのスペースも時間も大切にして…
JA育苗センターで手に入れてきたのは茎ブロッコリーとカリフラワーの鉢苗。
一鉢80円するのでプラグ苗に比べて数倍高価。
でも土の部分が大きいので移植はらくちん。
この場所は、土づくりをしてから時間が経っているので、牛ふん堆肥を加え、貝化石紛や化成肥料を投入し、トラクターで耕耘後、黒マルチを掛け…。
一方こちらは、トウガンやミニカボチャを作っていたウネ。
前日、支援者の皆さんの手で、ツルやネット、棚などを撤去していただいてあった跡地。
この日は、午前中から昼過ぎまで、支援に行っている幼稚園・保育圏の方の畑作業で長時間肉体作業をしていたので、体力的にも時間的にもあまり余裕がなく。
それで、ちゃんとした土づくりをする事は断念。
ウネはきれいに残っていたので、崩さずにウネの頂部に、牛ふん堆肥などを撒き、頂部だけを軽くほぐすように耕すだけでマルチも張らず…という何とも省力手法で植付準備。
植付けたのは、JA育苗センターで購入してきたキャベツのプラグ苗。
成育はまずまず。
例年作っているタカノツメ(唐辛子)こんな感じで花束のよう…

今後うまく、日照と降雨がバランスよくもたらされ、冬野菜の収穫ができることを願うばかり…。
それにしても、あまりに良く降る長雨。
雨乞い…というのは聞くけれど、雨止みのおまじないでもあればいいのだけれど…
〈追記:高校時代の国語の恩師M先生より〉
上記文末の私の拙文を呼んで、思い出した…と以下の句をお教えくださいました。
時により 過ぐれば民の 嘆きなり
八大龍王 雨やめたまへ
鎌倉幕府三 代将軍 源 実朝(金槐和歌集)
…によれば、
「建暦元年七月、洪水天に漫(はびこ)り、土民愁歎せむことを思ひて、ひとり本尊に向かひ奉り、いささか祈念を致して曰く、」という詞書がある。
1211年7月、洪水が激しく、農民が歎くだろうと、一人本尊に向かって、微力ながら祈念して、この一首を詠んだということだ。
1211年7月、洪水が激しく、農民が歎くだろうと、一人本尊に向かって、微力ながら祈念して、この一首を詠んだということだ。
洪水を鎮めるための祈りの歌だから、このように激しい、まさに呪歌のおもむきである。
「時により」、つまりその時々の状況に応じて、行きすぎると、民衆の嘆きのもとになります。
「時により」、つまりその時々の状況に応じて、行きすぎると、民衆の嘆きのもとになります。
八大龍王よ、雨をお止めください。
こんな内容になるだろう。
こんな内容になるだろう。
八大龍王は、『法華経』に登場する八種の龍王のことだが、ここでは雨をつかさどる水神ということだろう。
雨乞いの神だが、この場合は行きすぎた雨を止むように祈っている。
ちょうど今年の夏の豪雨のことを思えばいいだろう。
ああした豪雨の季節に、将軍がみずから天の鎮まりを求めて祈願したということだ。」
(一部のみ引用)
文章:小池常雄
写真: 同
撮影日:20260915夕方
撮影場所:専用畑
編集:小池



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