次の活動実施予告・実施済の報告


◎2024年度もつくし野ビオトーププロジェクトを実施します。
〇第2回定例活動は5月11日土と予告していましたが、サツマイモ苗入手の都合で5月19日日専用畑で実施に変更します。
〇 第1回特別活動は、5月5日日こどもの日午後実施します。

2024/04/20

新治の森への孟宗竹の進入

   竹も使われなくなると…     
 
新治市民の森の尾根道を歩いているとこんな光景に出会った。
孟宗竹が農家のタケノコ用に植えられた裏庭から逃げ出し、雑木林・杉の植林地に侵入。
それらを枯死させて、竹林となり、本来日本の雑木林が持つ生物多様性を失わせていく…。
外来種モウソウチク…の繁茂の被害は西日本に多く、九州など特にひどい。
九州北部の高速道路を走っていて、次々見えてくる竹林に驚いたことがある。

ウイキペディア先生の講義をまとめ、少し整理すると…
「日本では北海道から南西諸島まで広く分布する。
北限は函館市。
日本への移入時期は
801年(延暦20年)、京都府長岡京市の海印寺、寂照院の開山・道雄上人が唐から持ち帰った、また1228年(安貞2年)に曹洞宗の開祖・道元禅師が宋から持ち帰った、1728年、1736年などなど諸説ある。
全国へ広まったのは、薩摩藩による琉球王国経由の移入によってと考えられている。
「南聘紀考 下」によると元文元年(江戸中期、桜町天皇の代の年号。享保二一年(1736)改元)3月に島津吉貴が、琉球在番として琉球行きを命じられた物頭野村勘兵衛良昌に孟宗竹を輸入するように命じ、
勘兵衛は琉球滞在中に清より輸入し、元文3年に帰国すると吉貴のいる仙巌園に孟宗竹を献上したという。

マダケに比べ完密度や材質の脆さなどがあり表面の緻密さも劣る。
それでも花器、ざる、かご、すだれ、箸の他、鉄製品やプラスチック製品が普及するまでは建築材料、農業資材、漁業資材などとしても用いられてきた。
2000年代以降、野球で使用されるバットの原材料としての利用も盛ん。

モウソウチクは食用(タケノコ)や竹材として利用されていたが、安価な代替の素材の輸入などにより利用されなくなり放置竹林が問題化した。
それによって引き起こされたモウソウチクの他植生への侵入によって、広葉樹の生長が阻害され枯死することが判明している。
他の樹種の影響をうけにくい杉でさえもモウソウチクの特性(3ヶ月で最大まで生長する。柔軟なので風が吹く度にしなってスギへ当たる)により生長が妨げられ、
放置されたスギ林へもモウソウチクがよく侵入して群落を拡大している。
地下茎の拡大は根元の周りに地下まで約1メートルの仕切板を埋め込むことで防ぐことができる。
タケノコを継続的に採取して食用にすることも有効な駆除方法とされている。」
竹林を歩いていると、公園の愛護会の手で伐採作業が行われていた。
伐採したものを粉砕している。
でも、処理する作業量より繁茂の速度の方が早いから、竹林として維持したいのでないなら枯死させる伐採方法をとったほうが良さそうに思えるのだけれど…。
この谷地には、孟宗竹は侵入していない。
林床はクマザサが覆っている。
文章:小池常雄
写真:   同
撮影日:20240316
撮影場所:横浜新治市民の森
編集:小池

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